地形図解説 ー地形・村落・都市ー/宿場町 関(三重)
解説
亀山市の関は、鈴鹿川の河岸段丘上にある宿場町である。鈴鹿関が置かれた所で、美濃の不破関、越前の愛発関と並んで「三関」とよばれた。関という地名は、これに由来する。886年に鈴鹿峠が開かれてからは、峠下の宿場町として発達してきた。
江戸時代の関は、東海道が通るほか、伊勢別街道、大和街道が分岐する交通の要衝であった。その規模は、木崎町228間、中町303間、新所379間であった。(1718(享保3)年「東海道宿村大概帳」)
明治時代には参勤交代制度と宿駅制がなくなり、鉄道の開通と相まって、全国的に宿場町が衰退した。現在も往時の宿場町をうかがわせる町並みのなかには、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている所もあり、景観の保全とともに、観光資源としての利活用が図られている。このようなモデルとしては、関宿のほかに、長野県の妻籠宿や福島県の大内宿などがある。
現在、関の周辺部は、国道1号(東海道)、名阪国道、伊勢自動車道が通過し、交通の要衝として復活している。
江戸時代の関は、東海道が通るほか、伊勢別街道、大和街道が分岐する交通の要衝であった。その規模は、木崎町228間、中町303間、新所379間であった。(1718(享保3)年「東海道宿村大概帳」)
明治時代には参勤交代制度と宿駅制がなくなり、鉄道の開通と相まって、全国的に宿場町が衰退した。現在も往時の宿場町をうかがわせる町並みのなかには、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている所もあり、景観の保全とともに、観光資源としての利活用が図られている。このようなモデルとしては、関宿のほかに、長野県の妻籠宿や福島県の大内宿などがある。
現在、関の周辺部は、国道1号(東海道)、名阪国道、伊勢自動車道が通過し、交通の要衝として復活している。