地形図解説 ー地形・村落・都市ー/城下町 弘前(青森)
解説
弘前は、1610(慶長16)年に津軽家二代目藩主信枚が弘前城を築き、弘前藩10万石の城下町として発展した。弘前城は東に土淵川、西は岩木川に面した高台の地に築かれている。
明治以降、廃藩置県により弘前県として一時県庁が置かれたが、青森県となり県庁も青森町(現在の青森市)に移転した。地理的には津軽地方の中心をなしていたが、特色ある地場産業もなく市勢は衰退に向かった。その後、1894(明治27)年に青森~弘前間の鉄道開通と、1896(明治29)年の陸軍第八師団の設置により、軍都として発展した。第二次世界大戦後は、陸軍の解体によって軍施設を学校用地として転用し、学都に転換した。
城の南側が市役所などの官庁街となり、奥羽本線弘前駅の西側に位置する土手町から百石町が中心繁華街となる。城の南側と南西側には寺院が密集しており、市内に多く見られるT字型・L字型道路、袋小路とともに、城の防衛の一翼を担っていた。
明治以降、廃藩置県により弘前県として一時県庁が置かれたが、青森県となり県庁も青森町(現在の青森市)に移転した。地理的には津軽地方の中心をなしていたが、特色ある地場産業もなく市勢は衰退に向かった。その後、1894(明治27)年に青森~弘前間の鉄道開通と、1896(明治29)年の陸軍第八師団の設置により、軍都として発展した。第二次世界大戦後は、陸軍の解体によって軍施設を学校用地として転用し、学都に転換した。
城の南側が市役所などの官庁街となり、奥羽本線弘前駅の西側に位置する土手町から百石町が中心繁華街となる。城の南側と南西側には寺院が密集しており、市内に多く見られるT字型・L字型道路、袋小路とともに、城の防衛の一翼を担っていた。